第11章 心のアクセルとブレーキ ― 気持ちが乗らない日の練習
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同じように触れているのに、すっと高まる日もあれば、まったく気持ちが乗らない日もある。それは体が気まぐれなのではなく、心の中で「進め」と「止まれ」の両方が動いているからなんだ。この章では、その2つをていねいに見ていく練習をしよう。
興奮は「アクセル」と「ブレーキ」の兼ね合い
アメリカのキンゼイ研究所の研究者たちは、1990年代の終わりに、性的な興奮をこう考えるしくみを示した。興奮を高めるはたらき(アクセル)と、興奮を止めるはたらき(ブレーキ)の兼ね合いで、反応が決まる、という考え方だ。これは「二重制御モデル」と呼ばれている(キンゼイ研究所)。
研究所の解説では、この2つはある程度べつべつに動いていて、どれくらい効きやすいかは人によって違うとされている。車にアクセルとブレーキの両方があるように、誰でもその場面ごとに、どちらかを、あるいは両方を、違う強さで踏んでいるんだ。
ここで大事なのは、ブレーキは「悪者」ではないということ。研究所は、ブレーキには、危ないときや脅かされているときに反応をおさえて、身を守る役目があると説明している。このモデルをまとめた論文でも、ふつうの範囲のブレーキの効きやすさは、うまく生きるために役立っているという見方が示されている(Bancroft ら, 2009)。
女性たちが挙げたアクセルとブレーキ
女性の場合、何がアクセルやブレーキになるのだろう。18〜84歳の女性80人が、9つの小さなグループに分かれて話し合った研究がある(Graham ら, 2004)。高めるもの・止めるものとして、次のような話題がくり返し出てきた。
- 自分の体についての気持ち
- 人からどう思われるかという心配
- 望まない妊娠や避妊のこと
- 相手から大切にされていると感じるか、軽く扱われていると感じるか
- 相手に受け入れられていると感じるか
- 誘われ方や、始まり方
- 落ちこんだ気分
この研究では、もう1つおもしろいことが分かった。「したい気持ち(性欲)」が先に来ることもあれば、体が高まってから、あとで気持ちがついてくることもある、と話した人がいたんだ。2つをはっきり分けていない人も多かった。
この話し合いをもとに、研究者たちは女性のアクセルとブレーキを測る質問票を作った。655人の女性で確かめたところ、答えは大きく「アクセル」と「ブレーキ」の2つのまとまりに分かれた(Graham ら, 2006)。
乗らない日は、ブレーキが効いているだけかもしれない
540人の女性を対象にした研究では、性の悩みともっとも強く結びついていたのは、ブレーキのほうの項目だった(Sanders ら, 2008)。とくに目立ったのは2つ。「条件がぴったりそろわないと高まりにくい、ちょっとしたことで冷めてしまう」という傾向と、「うまく反応できるかという心配が、高まりをさまたげる」という傾向だ。一方、アクセルが弱いことと悩みとのつながりは、ほとんど見られなかった。
つまり、気持ちが乗らない日は「アクセルが足りない」のではなく、「ブレーキが踏まれている」だけのこともある、と考えられるんだ。そうだとすれば、もっと強い刺激を足すより、ブレーキを1つ外すほうが近道になるかもしれない。
この研究は、悩みを相談しに来た人ではない女性への質問票で、関係を見たものなんだ。ブレーキが強いから悩みが生まれるのか、悩みがあるからブレーキが強くなるのか、という順番までは分からない。対象もアメリカの女性だ。「そういう見方もできる」くらいに受け止めてね。
ブレーキは、あなたを守ろうとしてくれている見張り番なんだ。叱って黙らせるより、「もう大丈夫だよ」と1つずつ声をかけてあげよう。
自分のアクセルとブレーキを書き出す
紙かスマホのメモを、左右2つに分けよう。左に「アクセル」、右に「ブレーキ」と書く。そして、思いつくものを短い言葉で並べていくんだ。迷ったら、次の見出しを手がかりにしてみよう。
- 場所:部屋の明るさ、音、温度、人の気配
- 時間:時間帯、このあとの予定、時間のゆとり
- 心配ごと:仕事や家のこと、「今日も届かないかも」という気持ち
- 体のイメージ:体型やにおい、見た目への気がかり
- 体調と気分:疲れ、眠気、生理の前後、落ちこみ
正解はないよ。ある人のアクセルが、別の人にはブレーキになることもある。書き出すだけでも、「今日はこれが効いていたのか」と気づきやすくなるんだ。体調や季節、暮らしの変化で中身が入れ替わることもあるから、1〜2週間ごとに見直してみよう。
アクセルの側も、同じように1つずつ足していける。好きな香り、肌ざわりのよい布、心地よかった記憶を思い出すことなど、何が効くかは人それぞれだ。ただ、ブレーキが強く踏まれている日は、アクセルを足してもなかなか進まない。だからこの章では、先にブレーキのほうを見ていくよ。
ブレーキを1つずつ外す工夫
全部を一度に片づけなくていい。今日はこれ、と1つだけ選ぼう。
- 場所のブレーキ:鍵をかける、通知を切る、小さく音楽を流して物音を気にしにくくする(準備は第2章)
- 時間のブレーキ:「何分までに」と決めず、あとに予定のない時間を選ぶ。寝る前に急いで、より、休みの日の昼のほうが合う人もいる
- 心配ごとのブレーキ:始める前に、気になることを紙に書いて「あとで考える」と置いておく。ひとりの時間は、相手の目も妊娠の心配もないことを思い出すのも手だ
- 体のイメージのブレーキ:明かりを落とす、鏡や姿が目に入らない向きにする。見た目より「今どんな感じがするか」に注意を向ける(注意の戻し方は第4章)
- 「うまくやらなきゃ」のブレーキ:今日の目標を「届くこと」から「心地よさを1つ見つけること」に下げる
気持ちが乗らない日の過ごし方
先ほどの研究で、気持ちがあとからついてくる人もいると分かったね。だから、乗らない日も、ブレーキを1つ外したうえで、太ももや下腹をゆっくりなでるところから5分だけ試してみるのもいい。それでも乗らなければ、そこでやめていいんだ。やめるのも立派な選択だよ。
欲求の波そのものについては第8章で話すね。気持ちが乗らない日が長く続いてつらいときは、第6章の相談先を見てほしい。望まない性的な経験を思い出して体がこわばるときは、ひとりで抱えずに、第6章にある「📞 #8891」の窓口を頼ってね。
アクセルを踏みこむ日ばかりが修行ではない。ブレーキの位置を知っている人ほど、自分の体をやさしく運転できるんだ。
修行のお題 アクセルとブレーキを3つずつ書き出そう。次の1回は、ブレーキの中から1つだけ選んで、それを外す工夫をしてから始めてみてね。終わったら「外したブレーキ」と「感じの違い」を1行メモしよう。
参考にした資料
- Dual Control Model of Sexual Response(Kinsey Institute, Indiana University)
- Bancroft J, Graham CA, Janssen E, Sanders SA (2009). The Dual Control Model: current status and future directions. Journal of Sex Research
- Graham CA, Sanders SA, Milhausen RR, McBride KR (2004). Turning on and turning off: a focus group study of the factors that affect women's sexual arousal. Archives of Sexual Behavior
- Graham CA, Sanders SA, Milhausen RR (2006). The Sexual Excitation/Sexual Inhibition Inventory for Women: psychometric properties. Archives of Sexual Behavior
- Sanders SA, Graham CA, Milhausen RR (2008). Predicting sexual problems in women: the relevance of sexual excitation and sexual inhibition. Archives of Sexual Behavior