オナニーをする動物たち ― サルの外にも広がる「ひとりの行動」
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自分で自分の性器をさわる行動(自慰)は、人間だけの特別な行動だと思われがちです。ところが、動物の行動の研究(動物行動学)の記録をたどると、サルやチンパンジーの仲間の外でも、いろいろな動物で報告されています。リス、ウマ、イルカやクジラ、セイウチ、そして南極のペンギンまで。このコラムでは、論文や信頼できる観察記録で確かめられた例だけを取り上げます。そして、「なぜするのか」をめぐる研究者たちの議論を、編集部なりにやさしく紹介します。
まずは霊長類について、ひと言だけ
自慰の研究がいちばん進んでいるのは、ヒトをふくむサルの仲間(霊長類)です。たくさんの種の記録を集めて、進化の道すじといくつかの考え(仮説)を、生き物の家系図をもとに(系統的に)調べた研究があります。これはシリーズ1本目「霊長類のオナニー、その進化の物語」でくわしく紹介しました。ここでは、サルの仲間の外に目を向けてみます。
ナミビアのリス:交尾のあとに多い自慰
サルの仲間以外で、自慰の理由をいちばんていねいに確かめたのが、アフリカ南部ナミビアにすむケープアラゲジリスの野外研究です。この種のメスは、交尾を受け入れる時間(発情)がわずか3時間ほどしかありません。そのあいだに、最大10頭のオスと交尾します。一頭ずつに印をつけて観察したところ、オスの自慰はメスが発情した日に多く、しかもほとんどが交尾のあとでした。さらに、交尾のチャンスが多い強い立場のオスほど、多く見られました。交尾できない立場の低いオスが「はけ口」にしている様子は、見られなかったといいます。著者は、交尾のあとに性器を清潔にする「手入れ」として働き、性行為でうつる病気(性感染症)にかかる危険を減らしているのかもしれない、と考えました(Waterman, 2010)。
分かったのは、「いつ、どのオスに多いか」という行動のパターンです。病気が実際に減るかどうかは測られていません。また、一つの地域の一つの集団の結果である点も、限界です。
ウマ:止めようとすると、かえって困ったことに
子どもを残すために飼われるウマのオス(種馬)は、自然に勃起したり、自慰をしたりします。これは、乗馬や子馬を産ませる現場(繁殖の現場)で、長く「悪いくせ」とみなされてきました。罰で止めようとする管理も、珍しくなかったそうです。これを実験で確かめたのが、米国ペンシルベニア大学の研究です。この行動は、起きているウマで、およそ90分おきにふつうに見られます。罰でくせをしつける方法(条件づけ)を使っても、止めたい行動そのものは減りませんでした。一方で、子づくりの場面では興奮するまでに時間がかかるようになり、精液の量や精子の総数も少なくなっていました(McDonnell & Hinze, 2005)。調べたのは十数頭のポニーの種馬で、飼育施設での実験である点には注意が要ります。
では、人の手が入らない環境ではどうでしょう。スペインの山地で、管理されずに自由に暮らすポトカ(バスク地方のポニー)を観察した研究があります。勃起や自慰が49回記録されました。その前後で興奮が高まったり、ほかのウマへの攻撃が増えたりする様子は、見られませんでした。4割近くは、ほかのオスのすぐ近くで起きていました(Grillaert, 2022)。観察した回数は多くないです。それでも、「飼われる不自然さが生んだ異常な行動」という昔の見方に、疑問を投げかける結果です。
海の仲間:イルカ、クジラ、そして遊具を使うセイウチ
クジラやイルカの仲間では、子づくりにつながらない性的な行動が、今いる87種のうち35種で記録されています。その中には、水槽の壁や海の中の物に体をこすりつける自慰もふくまれます。歯のあるクジラ(ハクジラ)と、ひげのあるクジラ(ヒゲクジラ)の両方で報告があります。オスの記録が多いのは、見て分かりやすいためと考えられていて、メスの例も知られています。ハンドウイルカのメスが、壁や物、水の流れを使うという話もあります。ただ、その多くは飼育施設の人からの聞き取りにとどまります(Ham ら, 2023)。著者たちは、研究の少ない種ほど記録がないことから、実際にはもっと多くの種に広がっているだろう、と見ています。
物を使う例として、はっきり数えられた記録があるのが、米国の水族館で暮らすオスのタイヘイヨウセイウチです。2013〜2014年の3か月の映像を調べた研究があります。このオスは、メスとの関わりのほかに、自分で刺激する行動や、輪っかの形の遊具を使う行動を見せていました。この遊具は、飼われている環境を豊かにするためのものです。ただし、その回数は、メスへの働きかけよりずっと少なかったといいます(McCord ら, 2016)。人に飼われている1頭だけ(飼育下)の記録なので、野生のセイウチ全体に当てはまるかは分からないです。
南極のペンギン:100年眠っていた観察ノート
1911年、南極のアデア岬で、英国の探検隊の医師レビックが、アデリーペンギンの大きな群れを観察しました。そして、相手が見つからないオスが、一羽で交尾の姿勢と動きをくり返す様子を書き残しました。ところがこの記録は、当時の感覚では刺激が強すぎるとして、「公表しない」扱いにされました。ロンドン自然史博物館で再発見され、論文として世に出たのは2012年のことです(Russell ら, 2012)。紹介した研究者たちは、レビックの観察は正確で、今の行動の研究の知識で説明できるものだ、と評価しています。一方で、レビック自身はこうした行動を、道徳的に「堕落」と書いています。観察する人の価値観が記録ににじむことを、教えてくれる例でもあります。
なぜするのか:主な仮説
自慰の役割については、主に次のような説が出されています。
- 精子の質を保つ説:古い精子を外に出し、次の交尾で新しい精子を使えるようにする。リスの研究では、交尾の前に多いという予想が当たらず、支持されなかった。
- 性感染症を防ぐ説:交尾のあとの「手入れ」として、病気がうつる危険を減らす。リスの行動パターンとは合っていたが、病気がうつるかどうかそのものは測られていない。
- はけ口・ついでに起きる説(副産物の説):交尾のチャンスがないときの代わり、または性的な高まりのついでに起きる。リスでは、立場の低いオスほど多いという予想が外れた。
- 緊張やストレスをやわらげる説:クジラの仲間では、子づくりにつながらない性的な行動全体の役割の一つとして挙げられている。ただ、自慰だけを取り出して確かめた研究は少ない。
- 気持ちよさそのものの説:特別な役に立つからではなく、心地よいから続く行動だという見方。
最後の説をとなえたドイツの研究者たちは、これまでの考えが、主にサルとリスの観察から作られ、しかもオスにかたよっていると指摘しました。そのうえで、こう提案しています。自慰がこれほど多くの動物に広がっているのは、それ自体が心地よく、くり返したくなる行動だから。そう考えるほうが自然ではないか、と(Roth ら, 2022)。これは新しいデータを示した研究ではなく、考え方の提案である点は押さえておきたいところです。
どれか一つが正解というより、動物の種類や暮らし方によって、いくつかの理由が重なっている。そう考える研究者が多い印象です。
飼育下と野生の違い、そして観察の難しさ
動物の自慰の記録は、水族館や動物園、牧場など、人がそばで長く見ていられる場所にかたよりがちです。野生の動物は遠くにいます。水の中や夜の行動は見えにくく、たまたま見かけた一回きりの話(逸話)として残ることも少なくないです。また、何を「自慰」と呼ぶかも研究者によって少しずつ違い、観察する人の受けとり方(解釈)が入りこみます。「記録がない動物はしない」とは言えません。「まだ見つかっていないだけ」の可能性が大きいことを、頭の片すみに置いておきましょう。
「自然だから正しい」とは言えないこと
ここまで読むと、「動物もしているのだから、人間のオナニーも正しい」と言いたくなるかもしれません。ただ、「自然界にある」から「よいことだ」を導く考え方は、「自然だから正しい」と思いこむ落とし穴(自然主義の誤謬)です。実際、先ほどのペンギンの記録には、人の社会なら決して許されない行動も並んでいます。動物の例が教えてくれるのは、自慰が「多くの動物に見られる、ありふれた行動の一つ」だという事実までです。よいか悪いかを決めるのは、人間それぞれの価値観と、ほかの人を傷つけないという約束事のほうです。そのうえで、「自慰は異常なこと」「体に悪いこと」という昔ながらの思い込みを見直す材料としては、動物たちの記録はとても心強いものだと、編集部は考えています。
ヒトへのヒント:ウマの研究では、自然な行動を罰で止めようとしても行動は減らず、かえって別の面に影が出ていました。人間にそのまま当てはめることはできないです。それでも、自分の性について「いけないこと」と責めすぎていないか、ときどき振り返ってみるのもよいかもしれません。するかしないか、どのくらいの回数かに正解はありません。自分が心地よく、暮らしが回っているなら、それがあなたにとってのちょうどよさです。
参考にした資料
- Waterman JM(2010)The Adaptive Function of Masturbation in a Promiscuous African Ground Squirrel. PLoS ONE 5(9): e13060
- McDonnell SM, Hinze AL(2005)Aversive conditioning of periodic spontaneous erection adversely affects sexual behavior and semen in stallions. Animal Reproduction Science 89(1-4)
- Grillaert K(2022)Aggression, Erection, and Masturbation in Feral Pottoka Ponies and Implications for Equine Welfare. Animals 12(4): 421
- McCord JM ら(2016)Mating Behaviors Exhibited by a Captive Male Pacific Walrus (Odobenus rosmarus divergens). International Journal of Comparative Psychology 29
- Russell DGD, Sladen WJL, Ainley DG(2012)Dr. George Murray Levick (1876–1956): unpublished notes on the sexual habits of the Adélie penguin. Polar Record 48(4)
- Ham JR, Lilley MK, Hill HMM(2023)Non-conceptive Sexual Behavior in Cetaceans: Comparison of Form and Function. In: Würsig B, Orbach DN(編)Sex in Cetaceans. Springer
- Roth L, Briken P, Fuss J(2022)Masturbation in the Animal Kingdom. The Journal of Sex Research 60(6)