求愛と快楽の生き物学 ― 踊る鳥、飾るクジャク、そして「気持ちいい」の科学
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森の中で、小さな鳥が枝から枝へ、目にもとまらぬ速さで跳ね回り、羽を鳴らしています。別の島では、黒い羽を広げた鳥が、まるで舞台衣装のような姿でメスの前に立っています。動物の求愛は、ときに人間のダンスバトルやファッションショー顔負けの派手さです。
では、なぜこれほど手間のかかることをするのでしょうか。そして、動物にとって性は、ただの子孫づくりの作業なのでしょうか。それとも「楽しい」「気持ちいい」と感じるものなのでしょうか。この読み物では、求愛と快楽をめぐる研究を、分かっていることと分かっていないことに分けながら、編集部なりにたどってみます。
踊りと贈り物で気持ちを伝える鳥たち
派手な求愛を説明するために、ダーウィンは、相手に選ばれることで進む進化(性選択)という考えを出しました。生き残るのに役立つかどうかとは別に、相手に選ばれやすい特徴が、世代を重ねて広がっていく、という考え方です。
中南米の森にすむキンエリマイコドリのオスは、地面を片づけた小さな「舞台」で、曲芸のような踊りを見せます。枝の間を跳び移りながら、羽をパチンと鳴らすのです。研究チームは、野生のオスの踊りを高速カメラで撮り、交尾できたかどうかと照らし合わせました。すると、メスはある動きをより速くこなすオスを好み、その差はわずか数十ミリ秒でした。心臓の打つ速さ(心拍数)を測ると、踊っている間はとても高く、体に大きな負担をかけていることも分かりました(Barske ら, 2011)。踊りのうまさが、運動の力や心臓の強さを見せる「見本市」になっているのかもしれません。ただしこれは、一つの種について、野外で「いっしょに起きていること」を見た研究です。ほかの理由を完全に切り離せたわけではないです。
ニューギニアなどにすむフウチョウ(極楽鳥)の仲間も、求愛で知られています。羽の色、形、鳴き声、踊りを組み合わせた、種ごとにまったく違う求愛です。アジサシのように、オスが魚をプレゼントする「求愛給餌」をする鳥もいます。見た目で勝負する鳥、動きで勝負する鳥、贈り物で勝負する鳥。アピールの方法は、おどろくほどさまざまです。
クジャクの羽は本当に「モテる」のか
性選択の代表選手といえば、インドクジャクのオスの長い飾り羽です。ダーウィン自身が、この羽を見ると気分が悪くなる、と手紙に書いたという話があるほどです。生き残りに有利な特徴が残っていくしくみ(自然選択)だけでは、説明しにくい存在でした。
10羽のオスが集まる求愛の場を観察した研究があります。羽の目玉模様が多いオスほど、多くのメスと交尾していました。交尾できた回数のばらつきの半分以上が、羽の違いで説明できると報告されました(Petrie ら, 1991)。「メスは立派な羽を選ぶ」という説を強く支える結果です。ただ、観察したのは一つの集まり、10羽のオスだけです。
ところが、別の研究では違う結果が出ました。静岡県の伊豆シャボテン公園で放し飼いにされ、半分野生のように暮らすクジャクの群れを、7年にわたって調べた研究です。目玉模様の数、並びの左右対称さ、羽の長さのどれについても、メスが好んでいる証拠は見つかりませんでした。著者らは、この群れのメスは、羽以外の手がかりで相手を選んでいるのではないかと考えています(Takahashi ら, 2008)。長い期間をかけたていねいな観察ですが、これも一つの群れの結果です。同じ年のうちに、Petrie さんらのグループは反論を発表しました。ほかの別の研究では、羽と交尾の成功の関係が見つかっていること。相手選びの好みは、集団や条件によって変わりうること。これらを挙げて、一つの群れから「羽は選ばれていない」と広く結論づけるのは言いすぎだ、と指摘しました(Loyau ら, 2008)。こちらは新しいデータを示した研究というより、結果の受けとり方(解釈)をめぐる議論です。
つまり「クジャクの羽は恋の決め手か」という問いには、今も決着がついていないです。同じ種でも、場所や時代で答えが変わるのかもしれません。生き物の研究のむずかしさと面白さが、よく表れた例といえます。
絆をつくるイルカの性行動
ハンドウイルカは、子ができない時期もふくめて、一年中交尾をします。その多くは、仲間との絆を結んだり保ったりするためと考えられています。メスどうしが、口先やひれ、尾びれで、おたがいの性器のあたりをこすり合う行動も観察されています(Brennan ら, 2022)。子づくりだけでは説明しきれない性行動が、群れの人間関係ならぬ「イルカ関係」を支えているのかもしれません。ヒトやボノボと同じように、性が社会のつながりの道具にもなっている、という見方です。
動物にも「快感」はあるのか
ここがいちばん知りたいところですが、同時にいちばん答えにくいところでもあります。動物に「気持ちよかった?」と聞くことはできません。なので、動物が心の中で感じている快感(主観的な快感)は、直接は確かめられないです。研究者は、行動や脳の働きから、遠回しに探っています。
その一つがラットの研究です。脳の中で「欲しい」気持ちに関わる物質(ドーパミン)があります。オスのラットに、このドーパミンの働きをじゃまする薬を与えました。すると、メスが来る前のそわそわした「期待の行動」が、交尾そのものより先に、しかも薬の量がより少なくても減りました(Pfaus & Phillips, 1991)。ドーパミンは「快感そのもの」より、「欲しい、近づきたい」という期待ややる気に深く関わっているかもしれない、と示した研究です。ただし、調べたのはオスのラットです。薬がほかの行動にも影響する点にも、注意が必要です。
もう一つは「場所の好み」を使う方法です。性行動を経験した部屋と、そうでない部屋を行き来させると、ラットは性行動と結びついた部屋を好むようになります。まとめの論文(総説)では、オスでもメスでもこうした好みが生まれると整理されています。そこには、体の中の痛みをやわらげる物質に似たしくみ(オピオイド)が関わっているそうです(Paredes, 2009)。これは「良い状態」を示す有力な手がかりです。ただ、あくまで好みの行動なので、ヒトと同じ感覚かどうかまでは分からないです。
体のつくりから迫る研究もあります。自然に死んだハンドウイルカ11頭のクリトリスを調べた研究です。血液が集まってふくらむ組織(勃起組織)がよく発達していました。太い神経や、ヒトでは快感と関わるとされる、感覚を受け取る小さなつくり(小体)も見つかりました。著者らは、交尾のときに刺激を受けやすい位置にあり、ちゃんと働いている可能性が高いと考えています(Brennan ら, 2022)。ただし分かったのは「感じられるつくり」です。実際に快感を得ているかは、確かめられていないです。メスの快感は、ヒトもふくめて、研究そのものが長く後回しにされてきた分野でもあります。
「自然だからこうすべき」とは言えない
動物の話は面白いので、つい人間と結びつけたくなります。「クジャクのメスは派手なオスを選ぶから、人もそうだ」「イルカも絆のために性を使うのだから、人もこうあるべきだ」というふうにです。けれど、自然界にあることを、そのまま人の正しさの根拠にするのは、「自然だから正しい」と思いこむ落とし穴(自然主義の誤謬)です。自然界には子殺しも共食いもあります。クジャクの例のように、研究の結論そのものが揺れていることもあります。動物の行動は、「こういう生き方もある」と視野を広げる材料にとどめるのが、ちょうどよい距離感です。
ここで紹介した研究の多くは、一つの種や一つの集団、限られた数の個体を調べたものです。数字や結論は、これからの研究で変わるかもしれません。
ヒトへのヒント:求愛のやり方が鳥ごとにまったく違うように、何に心がときめき、何を心地よいと感じるかも、きっと人それぞれです。脳が「ごほうび」を感じるしくみ(報酬系)は、多くの動物が昔から持っている体の働きのひとつです。一人の時間に自分の「気持ちいい」を知ることを、後ろめたく思う必要はないのかもしれません。正解を外に探すより、自分にとっての心地よさを、ゆっくり確かめていけたらすてきです。
参考にした資料
- Barske J, Schlinger BA, Wikelski M, Fusani L(2011)Female choice for male motor skills. Proceedings of the Royal Society B 278(1724)
- Petrie M, Halliday T, Sanders C(1991)Peahens prefer peacocks with elaborate trains. Animal Behaviour 41(2)
- Takahashi M, Arita H, Hiraiwa-Hasegawa M, Hasegawa T(2008)Peahens do not prefer peacocks with more elaborate trains. Animal Behaviour 75(4)
- Loyau A, Petrie M, Saint-Jalme M, Sorci G(2008)Do peahens not prefer peacocks with more elaborate trains? Animal Behaviour 76(5)
- Brennan PLR, Cowart JR, Orbach DN(2022)Evidence of a functional clitoris in dolphins. Current Biology 32(1)
- Pfaus JG, Phillips AG(1991)Role of dopamine in anticipatory and consummatory aspects of sexual behavior in the male rat. Behavioral Neuroscience 105(5)
- Paredes RG(2009)Evaluating the neurobiology of sexual reward. ILAR Journal 50(1)