動物たちのふしぎな性の世界 ― 性を変える魚、子を産むオス、メスだけの子づくり
⏱ 読む時間の目安:約8分
「オスとメスがいて、出会って、子が生まれる」。私たちにとって、ごく当たり前の性のイメージです。ところが自然界を見わたすと、この当たり前に当てはまらない生き物が、じつにたくさんいます。一生のうちに性が変わる魚。おなかで子を育てて産むオス。オスなしで子を残すメス。ひとつの体に、オスとメスの両方の働きをそなえた生き物。そして、同じ性どうしの性的な行動も、多くの動物で記録されています。
キーワードは「自然界の性は、人が思うよりずっといろいろ(多様)」です。研究論文とあわせて、のぞいてみましょう。
大人になってから性が変わる魚:ベラとクマノミ
魚の世界では、おとなになってから性が変わることが珍しくないです。海の魚では、性を変える種が27もの科(生き物の分類のまとまり)で見つかっています。中でもよく調べられているのが、サンゴ礁にすむベラの仲間、ブルーヘッドラスです。この魚は、多くがメスとして子どもを残し始めます(繁殖を始めます)。そして、なわばりの主である大きなオスがいなくなると、群れでいちばん大きなメスがオスに変わります。
アメリカ南東部の海で、群れから主のオスを取り除いて調べた研究があります。すると数時間のうちに、いちばん大きなメスがオスのような行動を見せ始めました。8〜10日ほどで、卵をつくる器官(卵巣)が、精子をつくる器官(精巣)に置き換わり、実際に繁殖できるようになっていました。遺伝子の働きを追うと、こんな流れが見えてきました。ストレスに関わる体のしくみが引き金になる。女性ホルモンをつくる物質(酵素)の遺伝子がおさえられる。すると、メスらしさを保つ遺伝子の働きが次々に止まっていく(Todd ら, 2019)。ただし、これは一種の魚で、遺伝子の働きの移り変わりを追った研究です。どの変化が本当の原因なのかは、これから実験で確かめていく段階です。
クマノミの仲間は反対に、オスからメスへ変わる魚として知られています。人に飼われている環境(飼育下)でペアにしたカクレクマノミを、6か月にわたって観察した研究があります。メスへ変わりつつある個体の行動は、意外にもずっとオスらしいままでした。ホルモンはオスとメスの中間の状態で落ち着いていました。行動が変わるのは、卵巣ができあがってからではないか、と考えられています(Parker ら, 2022)。ベラとは順番が逆なのが面白いところです。ただ、飼育下の一種での結果なので、野生の群れでも同じかどうかはまだ分からないです。
おなかで子を育てるオス:タツノオトシゴ
タツノオトシゴとヨウジウオの仲間は、オスが妊娠します。背骨のある動物(脊椎動物)では、ほかに例のない生き物です。メスがオスのおなかにある袋(育児嚢)に卵を渡します。オスはその中で子を育て、やがて赤ちゃん(稚魚)を産み出します。この袋は、子を守るだけではありません。息をするのに必要なガスのやりとり、塩分の濃さの調整、少しの栄養の受け渡しまで受け持っています。
ポットベリー・シーホースという種で、妊娠の段階ごとに、袋の中で働く遺伝子を調べた研究があります。すると、おっぱいで子を育てる動物(哺乳類)やヘビ・トカゲの仲間(爬虫類)、おなかで子を育てて産むほかの魚(胎生の魚)の妊娠で働く遺伝子と、よく似たものがたくさん見つかりました。まったく別の進化の道を歩んできた生き物どうしでも、妊娠には共通の「道具箱」が使われているらしい、というわけです(Whittington ら, 2015)。ただし、この研究で分かったのは、遺伝子がどのくらい働いているかです。一つひとつの遺伝子が実際にどんな役割を果たしているかまでは、確かめられていないです。
メスだけで子を残す:コモドドラゴンの単為生殖
オスと出会わずに、メスだけで子をつくることを、単為生殖といいます。背骨のある動物では珍しいとされてきましたが、世界最大のトカゲ、コモドドラゴンでも確かめられました。イギリスの2か所の動物園で、オスから離して飼われていた2頭のメスが卵を産みました。遺伝子を調べたところ、父親のいない子だと分かったのです。しかも、そのうち1頭は、のちにオスとの繁殖でも子を残していました。相手がいるかどうかで、ふたつの増え方を切りかえられるのかもしれません(Watts ら, 2006)。
コモドドラゴンは鳥と同じく、メスが異なる2種類の、性を決める染色体(性染色体)を持つしくみです。そのため、単為生殖で育つ子はオスになります。著者らは、飼われている動物で遺伝子のバリエーション(遺伝的な多様性)が失われるおそれにもふれています。ただし、確かめられたのは飼育下の2頭の例です。野生でどのくらい起きているのかは、分かっていないです。
ひとつの体にオスとメス:カタツムリ
陸のカタツムリの多くは、ひとつの体に、精子をつくる働きと卵をつくる働きの両方をそなえた「雌雄同体」です。雌雄同体といっても、相手と出会って繁殖する種が多く、そこにも駆け引きがあります。一部のカタツムリは、繁殖の前に、「恋矢(れんし)」と呼ばれる石灰でできた小さな矢を、相手の体に刺します。ロマンチックな名前に反して、なかなか手荒な習性です。
この矢の役割を調べた実験があります。矢のそばにある、液を出す器官(分泌腺)から取ったねばねばした液(粘液)を、相手に注射しました。すると、食塩水を注射した場合に比べて、自分の精子で子が生まれる割合が2倍以上になりました。矢は相手の体に粘液を届け、精子を受け取る器官の働きを変える道具らしい、というのが著者らの見立てです(Chase & Blanchard, 2006)。一方で、実験は矢の代わりに注射を使ったものです。受け取る側が、どの精子を使うかを選んでいる可能性も捨てきれない、と著者ら自身が書いています。
同じ性どうしの性行動は「なぞ」なのか
同じ性どうしの求愛や、上に乗る行動(マウンティング)などの性的な行動は、これまでに1,500種を超える動物で記録されています。昆虫から哺乳類まで、ほとんどの大きなグループにまたがります。進化の研究では長いあいだ、「直接は子孫を残さない行動が、なぜ広く見られるのか」という「なぞ」として扱われてきました。
これに対し、Monk ら(2019)は、問いの立て方そのものを見直そうと提案しました。「異なる性どうしだけの性行動が動物のもともとの姿で、同じ性どうしの行動はあとから進化した」という前提は、きちんと確かめられてこなかった、と指摘したのです。そして、相手の性を問わない性行動こそが、ご先祖の状態だったのかもしれない、という別の考え(仮説)を示しました。見方を変えれば、同じ性どうしの行動は、解くべき「なぞ」とは限らないことになります。ただしこれは、考えを示した論文(論考)で、確かめるのはこれからです。著者ら自身も、記録の多くがたまたま目にした観察の寄せ集めだと認めています。
一方、哺乳類にしぼって、生き物の家系図(系統)をもとに調べた Gómez ら(2023)は、同じ性どうしの性行動が記録された261種(哺乳類の約4%)を分析しました。その8割あまりは、野生や野生に近い環境での記録でした。分かったのは、次のようなことです。この行動はサルの仲間(霊長類)などに多い。多くの系統では、わりと最近になって、何度も別々に現れたらしい。仲間との関係を保ったり、争いをやわらげたりする役割と関係していそう。著者らは、多くの種で性行動のデータが足りないため、記録がないことが「行動がない」ことを意味しない、という限界を認めています。
「ご先祖から広くあった」のか、「何度も新しく生まれた」のか、研究者のあいだでも見方は分かれています。調べた範囲も方法も違うため、かんたんに白黒はつけられないです。確かなのは、同じ性どうしの性行動が、動物の世界でけっして例外的なものとは言えない、ということです。
「自然だから正しい」とは言えない
ここで気をつけたいのが、動物の行動を、人間の正しさの根拠にしてしまうことです。自然界にはいろいろな性がある一方で、メスの意思に反して交尾を強いるような行動も見られます。「自然にあるから正しい」「自然にないから間違い」と考えるのは、「自然だから正しい」と思いこむ考え違い(自然主義の誤謬)です。人の性のあり方の良し悪しは、動物の例から考えるものではありません。同意や相手への敬意といった、人どうしで大事にしてきた価値から考えるものです。
それでも、動物の世界を知ることには意味があります。「性とはこういうもの」という思い込みの幅が、どれほどせまかったかに気づかせてくれるからです。Monk らの論考でも、動物が自分の体を刺激する行動は、子づくりに直接つながらない性行動のひとつとして、ほかの行動と並べて挙げられています。人間が「ふつう」と呼んでいるものは、生き物全体から見れば、たくさんある形のひとつにすぎないのかもしれません。
ヒトへのヒント:性を変える魚も、子を産むオスも、それぞれの暮らしに合った形で生きています。人の性のあり方や、一人時間の楽しみ方も、きっと人の数だけあります。「ふつうかどうか」より、「自分と相手を大切にできているか」を物差しにしてみると、少し気持ちが楽になるかもしれません。
参考にした資料
- Monk JD, Giglio E, Kamath A, Lambert MR, McDonough CE(2019)An alternative hypothesis for the evolution of same-sex sexual behaviour in animals. Nature Ecology & Evolution 3
- Gómez JM, González-Megías A, Verdú M(2023)The evolution of same-sex sexual behaviour in mammals. Nature Communications 14
- Todd EV ら(2019)Stress, novel sex genes, and epigenetic reprogramming orchestrate socially controlled sex change. Science Advances 5(7)
- Parker CG, Lee JS, Histed AR, Craig SE, Rhodes JS(2022)Stable and persistent male-like behavior during male-to-female sex change in the common clownfish Amphiprion ocellaris. Hormones and Behavior 145
- Whittington CM, Griffith OW, Qi W, Thompson MB, Wilson AB(2015)Seahorse Brood Pouch Transcriptome Reveals Common Genes Associated with Vertebrate Pregnancy. Molecular Biology and Evolution 32(12)
- Watts PC ら(2006)Parthenogenesis in Komodo dragons. Nature 444(7122)
- Chase R, Blanchard KC(2006)The snail's love-dart delivers mucus to increase paternity. Proceedings of the Royal Society B 273(1593)